妻からの重要な教え

3日まえ子どもの勉強の仕方について妻と言い争いになった。

普段は余り言わないようにしているがその時は無理であった。

学校と塾の宿題をやっていたのだが、朝ごはんが終わってから正午も余裕でまわり、すでに4時間になろうとしても終わらない。

確かに子どもの方ものらりくらりとおこない、なかなか前に進めないというか進まない。

リビングでしているので、その間TVも消していた。さすがに正午をまわってイライラしてしまい(上機嫌の継続ムリでした(^◇^;))妻の教育論に対して反論、それも強めに言ってしまった。

丸一日の冷却期間後いつものように自然和解をした。そのとき妻からの言葉。

「いろいろと愚痴のように言ってしまうのはとても悪いことだと反省しているけど、パパにしか言えないことも多いので、いろいろ言ったとしても反論からではなく共感がほしいだけなのと。夫として『そうか』という言葉が先ずあれば共感してくれてるという思いが湧いて、それで救われるの」と。

そういえば、妻との会話もそうだが、会社など別のところでも、『そうか』というワードは言葉の最初にほとんど出てこない。

ってことは、俺って、人に共感できていない、寄り添えていなかったのでは…

会社ではけっこう上の立場で、面談などもたくさんやってきて、自分としては、人間関係も問題なくやってきたつもりだったが…

一番大切な「共感」ができていなかったのではという思いになった。

その事以降は妻の言葉に対して、意識して『そうか』という言葉からはじめるようしている。口に違和感を覚えるくらい自分の言葉ではないように思える。重症だったのだ。わざとらしく聞こえても、それでも妻はOKのよう。あきらかに上機嫌だ。これまでは『ふんふん』とか『へー』など相づちはおこない、相手の目を見てコミュニケーションしてきたのだが…『そうか』からはじまる会話は全く違うとの事。

…そうか。

まずは『そうか』っていう共感があるのと無いのでは雲泥の差のようだ。恥ずかしながら今覚えたこの基本的?な会話のキャッチボールを今後は積極的に使うことと、もし共感に行き詰まっている人がいればこのblogを読んで一人でも共感について知ってもらえればと思う。

この『そうか』っていう言葉は、家庭だけではなく、これからは外でも大いに使うことでもっともっとコミュニケーションが深まり広がる予感がする。

これが今回妻から教えられた重要なことである。

ちなみに今朝、子どもにも『そうか』って返したら、いつも以上の笑顔でその後の会話が大いに弾んだ(笑)

この文言は刺さるし染みる

鬼滅の刃に登場する富岡義勇の名言。生殺与奪の権を他人に握らせるな!みじめったらしくうずくまるのはやめろ!そんなことが通用するならお前の家族は殺されていない!奪うか奪われるかの時に主導権を握れない弱者が妹を治す?仇を見つける?笑止千万‼︎弱者には何の権利も選択肢もない強者にねじ伏せられるのみ‼︎妹を治す方法は鬼なら知っているかもしれないだが鬼共がお前の意思や願いを尊重してくれると思うなよ当然俺もお前を尊重しないそれが現実だ!!!

今のあやふやな言葉が飛び交う毎日や、コロナ禍で戸惑うことが多いときだから、よけいに胸に刺さる言葉だ。

もっともっと個人が強くならないといけない。家族や仲間そして部下を守るために!

手術から約1年半 近況と想い

一昨年に心臓血管で

緊急手術し

退院後

一年近く残業は控え

昨年秋くらいから徐々に

戻していき

今日は久しぶりに遅くまで

仕事しました

昨日も釣りの後

大きな公園で

息子くんのジェーボー練習を手伝い

その時久しぶりに走ったり

また昨年末には3時間ですが

グアムまでの飛行機と

五日間の旅行にも

行くことができ

今日の残業もそうですが

命びろいした自分としては

一つずつが手探りの挑戦で

クリアできることが

嬉しくてたまらない😭

強気でもない

弱気でもない

ちょうど良いところで

コレからも元気で

長生きしていきたい

深く強く思う

新しい日常

自粛で街に人が居なかったので確実に感染者が減った。

舌の根も乾かぬうちに解除だ。

すでに子どもの学校は始まり、会社も少しずつ動き出す。

正しく恐れろ

を実践しながらも

社会活動だ

コロナとどう付き合うのか

油断は禁物だ

この数ヶ月行ってきた

行動を緩めずに

続けることが

社会全体に求められる

自分だけが守っていても

ダメ

みんなで同じ方向をむいて

ひたすら頑張ることが

世界基準として

できるかがキモだ

ソーシャルディスタンス的に、世界中がつながろう。そしてコロナに勝つのだ‼︎

大動脈解離A型 仕事復帰②

仕事に復帰してから10日過ぎて、傷が痛みだした。少し飛ばし過ぎたかと反省し病院に行ったところ、神経痛?とのこと。びっくりしたのと同時に心臓関連ではないので安心した。

 

なので今までと同じような過ごし方で大丈夫だ。良かった。急展開で緊急手術に対するトラウマがあるのか、少しの事でビビッてしまう(-_-;)

 

仕事に復帰し23日経過。血圧が急上昇した。ストレスからか少々イライラしたのが原因だ。ということは、もともと血圧が上110下70くらいで推移しているのが、イライラすると上140下90位にこれまでもなっていたのか。

 

その上下動が血管へ負担していたのではと推察される。この10年間は大きなチームを二つも任されて多いときで部下が100人という時もあり、ストレスは相当であった。

 

ストレスからの血管障害ではないのかとも思う。労働災害ということは出さないが、やはりストレスコントロールはしっかりと行なわなければ死と直結なんだとつくづく思う。

 

血圧がストレスコントロールが原因と推察したので、食べ物については少々緩めることにした。なので焼肉も適度に行くことにする。これもストレス解消の一つだ。

 

ストレスを自然に流すことにつながる方法については積極的に行うことにする。塩分コントロールについても緩めることにして食べ物を美味しくいただくことにも重点を置くようにした。

 

仕事復帰30日が経過。いよいよクルマの運転を始めることにした。緊急手術の日以来の運転に少々緊張が走る。徐々に走らせ5分位で慣れた。良かった。ホッとした。

 

大好きなクルマの運転も再び行えるようになった。日常が少しずつ自分の手に帰ってきているようで、本当に感謝しかない。ありがとう。

 

生きてることが素晴らしい

 

 

大動脈解離A型 自宅療養③~仕事復帰①

早いもので退院して自宅療養にはいり30日たった。順調に回復している。そうとう長い距離も歩けるようにもなった。嬉しい限りだ。今日は駅のほうまで歩いていき(約1キロ程度)散髪だ。病後でも散髪すれば少しはスッキリと見えるし気持ち自体も上向くように思える。

 

たしか、かみの毛を切ることは風水的にも、汚れを落とすことにつながり、開運するという事も思い出したw

 

自宅療養33日目。今日は診察日だ。いつものように妻の運転で病院へ。採血とレントゲンと問診だ。順調とのこと。良かった。薬を貰って帰った。

 

自宅療養35日目、いよいよ社会復帰だ。今日から会社へ。緊張の中、早めに到着した。会社がまぶしく見えた。家に帰ったときも思ったが、生きている実感を味わった。

 

皆に順次挨拶した。優しく迎えてくれた。普通に嬉しかった。中にはわざわざ挨拶に来てくれた後輩もいた。感謝しかない。今日はこのような挨拶や会話で一日が終わった。

 

復帰2日目からは打合せや調整または人事考課などの業務が押し寄せてきた。仕事にきた限りは押し寄せるのは諦めるしかない。自分の体と相談しながらペース配分していくしかないだろう。

 

これも社会復帰でリハビリと割り切ろう。まぁ生きているだけで丸儲けなので、無理ならば無理ということにしていこう。

 

仕事に復帰したが、スケジュールとしては週に2日以上は休むことと、残業は絶対にしないことなので、体には非常に優しいものだ。

 

仕事復帰して10日経ち、少々無理をしたのか、胸の傷が痛みだした。もちろん痛み止めの薬は飲む。病院に行くか迷ったが、1日寝ていることにした。寝ていればマシであった。

 

結局3日間は家で横になったりして過ごすことに。自分ではペースを抑えていたつもりだが、やはり少々飛ばしてしまったかと反省だ。もう少し抑えよう。生きていくために。

 

数日後に受診日であったので、担当医に傷に痛みを相談したところ、神経痛とのことでした。そうか神経痛かぁ。少しホッとしたところです。

 

(続く)

 

 

 

大動脈解離A型 手術後の自宅療養②

自宅療養にはいり5日目になった。ようやく痛み止めを4時間おきに飲まなくても良くなってきた。昨晩に飲んだきりで、今は翌日の朝を迎えているが、痛みはなく大丈夫なようだ。ホッとする。

 

それからお出かけすることにも、かなり慣れてきた。モールなどでは歩くことが多いが、これもリハビリの一環だと考えるようにしている。その時、食べる外食はひたすら美味しい。やはり味はしっかりがあるのが良いということだw薄味は不味いww

 

たまに近くの公園でウォーキングもおこなう。本人としては一生懸命に歩いているが、たぶんノロノロと歩いているように見えているだろう。一周500メートルのコースを3周回って。フラフラになった。

 

自宅療養一週間を過ぎたあたりで、YouTubeで面白い映画を見つけた。それは『日本統一』ダイジェスト版で1~4を見た。かなり面白い映画に出会った。

日本統一 というヤクザ映画だ。シリーズものになっていてけっこう人気があるようだが、これまで全くすれ違いだった。主役の2人も全く見たこともなかった。

ただ完全に引き込まれている。

面白い!!

 

 

入院中は鴨チューブで元気をもらい今でも欠かせないでいるが、この映画も同じく生きるパワーをもらえる。完璧に、ひきこまれた。ヤクザ映画は命がけで生きる人間模様を描いているので、その生きてる様が己の琴線に触れたようだ。主役の本宮泰風は初めて見た。良い男だと思う。

 

YouTubeではダイジェスト版しかないので、有料の映像を購入して、妻や子どもが出かけているときをねらって1から順番に見ていった。29までは順次見れた。(ちなみに現在は35まで見れている)

 

それからクルマは妻が運転し、私はもっぱら後部座席でどこへでも連れて行ってもらっている。久しぶり回転ずしも嬉しかった。それとTSUTAYAで『日本統一』を最初からもう一度借りなおして見た。我ながらどんだけ好きやねんと思う(笑)

 

自宅療養11日目には、いきなりステーキで300グラム食べた。久しぶりのがっつりとした肉だった。美味かった。完食した。腹いっぱいになった。生きるには肉が必要と強く感じた(笑)

 

痛み止めが無くなったので、病院に行き必要分貰った。定期的には飲んでいないが、無ければやはり不安だし、少しでも痛いときはすぐに飲むようにしている。精神的にも楽だ。

 

自宅療養17日目、今日は徒歩にて息子くんと二人ですこし離れたドラッグストアへ買い物だ。たまに来ていたところで、ここに来ると息子くんは好きなだけお菓子を買ってもらえる。甘いパパであるが、今日は特に久しぶりなので大判振る舞いだ(笑)

 

自宅療養20日目、今日は定期診察日。血液検査とレントゲンと最後に問診だ。順調に回復しているとのこと。良かった。骨の痛みは仕方がないとして、傷の痛みについては、時間がかかるとのことだ。自分で出来ることといえば毎日シャワーでしっかりと清潔を保つことなので、引き続き地道にそれを行うこととした。傷用の薬は特に無いようだ(残念)

 

自宅療養21日目、朝から妻と息子くんがお出かけなので、一人で思う存分『日本統一』を堪能した。どんだけ好きやねん(笑)

 

このような感じで自宅療養を過ごした。基本食べるものは問題ない。走ることはまだ無理そう。重いものは無理そう。体をひねったりもムリそう。クルマの運転もムリそう。痛み止めは朝に一回もしくは朝夜の二回でなんとかなる。喋ったりは問題ないので、もう少しすれば仕事へも行けるかも。幸い力仕事ではないので助かる。日本統一はOK(笑)

 

(続く)

 

 

 

ヘアカット

小学一年の息子くんと一緒に近くの

ヘアサロンへ。

息子くんは何度か来ていて、いつも同じお兄さんにカットしてもらう。

今日も自分でちゃんと注文していた。

『アシメでツーブロックをお願いします』

いっちょこ前なオーダーを

サラッとおこなっていた(笑)

いまどきの小1は

これくらいのコミュニケーションは

あたりまえのようだ。

頼もしいというか

時代は確実に進んでいるというか。

まあ58歳のオジサンは

時代に遅れないよう

ついていき

楽しめれば

幸いだ💦

せっかく進んだ時代が近づいているのだから

新型コロナで、進歩のジャマはされたくないと思う。

もしくは、天からの導きならば、もう少しゆっくりと進めという警告か

今はどちらともわからないが、まずは感染拡大が止まる事を祈るばかりだ

親子でカットに行っただけだが、いろいろ自粛のいまは、すぐに大きなことを考えるようになってしまっている。

『深くしっかりと自分の頭で考えろ』

という教えかとも思う今日この頃

日本などは長く平和が続き、お金を儲けることに一生懸命になってきたが、一度立ち止まって生きることや他を敬うことなどに思いを巡らせることが必要だと言われているとも言える。

プラス思考やポジティブシンキングという言葉はこのような時こそ有効に使うべきだ

みんなそれぞれで考えよう

大動脈解離A型 手術後の自宅療養①

17日間の緊急入院から手術そして入院生活を終えて久しぶりの自宅だ。玄関や部屋の一つひとつの景色が新鮮で、生きて帰ったんだという感慨深い不思議な気持ちであった。

 

今では胸に30㎝強の傷と右足の付け根にも10㎝程度の傷。しかもケロイド状になっていてヒリヒリ痛いのと、胸骨の状態が見えないので不安な気持ちだ。

 

4時間おきに痛み止めを飲んでいるが、飲むのをやめると胸骨が痛みそうで怖い。体の中の事なので骨がどうなっているのかも分からない。

 

病院でもらった胸骨を締めて固定させるベルトはまだまだ離すわけにはいかないし外したくもないので、しっかりと装着することは忘れないでいる。

 

ひとつ不思議なことは、手術するまでの2年間は左肩の五十肩に悩まされてきたが、今に至っては痛みはほとんど無くなった。心臓血管と何か因果関係があるようだ。

 

骨や内臓や血管は見えないだけに計り知れない代物だ。それだけに胸骨の治りが遅くなるのは極力避けるように生活している。

 

たとえば重いものは持たない、走らない(厳密には走れないだが(-_-;))など、骨に負担になるような動きは避けている。もし引っ付かないうちに骨が固まるということは避けたいのだ。

 

事故でハンドルやエアバッグなどで胸を圧迫するのも怖いという妻の考えもあり、クルマは妻の運転で、私は後部座席である。

 

血圧は入院中からずっと丁度よい数値で安定しているが、念のために薬の服用は続けているのと、一応塩分は控えることにした。高血圧も一応は血管障害の原因と言われているため。

 

それからネットで減塩の調味料や食べ物などを片っ端から購入した。ただし減塩のものは一様にまずい(^▽^;)やはり味の基本は塩だということを再確認した。

 

こうして術後の生活をはじめた。それで少しずつ出来ることを増やすようにしていった。3日間はほとんと寝て過ごし、4日目には外出に挑戦し外食もできた。美味すぎだ(^^)v

 

1週間後には近くの公園でウォーキングをし、少しずつ社会復帰できるようにしていった。急転直下の手術であったが、落ち込んでいる場合ではない。家族と自分のために頑張らねば。

 

せっかく生き延びた命である。焦りはしないが少しでも早く、以前のような暮らしに戻せるように頑張っていこうとしていた期間であった。

(続く)

大動脈解離A型 17日目で退院

2020年3月、コロナウイルスが猛威をふるい、生活に遠慮なく侵入している。学校も休みになり、子どもたちも行き場をなくしている。

 

この未知のウイルスとたたかう中、大動脈解離を発症する人も多いかと思う。寒い季節は血管が収縮し突然の発症も増える。

 

大動脈解離は、いわゆる心臓につながる太い血管の内部がさけ、血液が血管の外に漏れると死亡する確率が高くなるという病気だ。

 

おととしの11月に突然発症したが緊急手術により一命をとりとめた。今後、家族や本人がこの病気になった際、何かのお役にたてればと思い、メモを頼りに記憶をよび起こした。

 

実際に妻は少しでも情報がほしくて検索したようだが、具体的なことはなかなかみつからなかったとのこと。それならば当事者の行動と考えを共有してみようと思った。

 

 

緊急手術から17日目(退院)

 

いよいよ退院日だ。午後に予定されているので、朝はいつもの入院ライフである。長いようで短い期間。この生活にも慣れてきている。だか家に帰れるのは嬉しいとしか言いよう無い。

 

入院日ラストに偶然院長回診だ。前回もそうだったが、皆バタバタしているなか9時ごろ回ってきた。一言二言交わした。院長も退院を心から喜んでくれた。命の恩人だ。感謝しかない。

 

昼ごはんを食べて少しして、妻と子どもと義母が来てくれた。部屋を片付けてから、栄養指導の話しを聞いてから、部屋を後にした。ナースステーションに挨拶した。

 

1階に降りて、妻が支払いをしてくれている間にICUに挨拶にいくと、なんと中から忙しいにも関わらず、7人も入口まで出てきてくれた。

 

先生も看護師さんも皆満面の笑顔で送ってくれた。この人たちも命の恩人である。生きるパワーを術後にもらえたから今がある。このことを心に刻んだ。感謝。

 

妻の運転で久々の外の空気を吸いながら帰った。17日前、クルマで病院に行ったとき以来の自宅である。生きている。というか生きのびたというほうがおさまりが良い。

 

目の奥のほうがじわーと熱くなる。嬉しいという単純なものではないなんとも言えない感情に包まれながら家に入った。

 

家が新鮮であった。もっと健康でいようと思った。家族を大事にしようと思った。関わる全ての人に感謝していこうと思った。もっと生きようと思った。死んでたまるかと思った。

 

 

 

 

 

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