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大動脈解離 発症当日

これは私が一昨年の11月に突如発症した病気について一日ごとに書き綴り、もしこの先、同じ病気に本人もしくは家族や知り合いがなった際の情報になればと願ったものである。

 

実際に私が発症した際に、妻は少しでも情報が欲しくて検索したようだがあまり見つからなかったと聞いた。それなら当事者である私が書けばよいと考えたところだ。

 

現在は順調に治癒している最中で、日常生活についてもほぼ普通に生活している。ブログのサブタイトルにある老活するぞという活力も出る始末だw

 

 

 

◎発症当日(1日目)

 

微熱が朝になっても治まらないので、子供(年長さん男子)を幼稚園バスのバス停に送り、ママを横に乗せたまま大きな病院へ。

 

紹介状もないまま飛び込んだ。胸の真ん中に違和感があると受付で訴えたところ、少し待っただけで呼ばれ検査を受けることになった。

 

心電図の検査をしている途中から、私の周りが慌ただしくなってきた。先生たちが周りに集まり、携帯電話でそれぞれ喋りだした。

 

心電図が終了した時点では、すでにベッドから降りてトイレもダメ、オシッコは尿瓶ですることなった。廊下で待っている妻とも話すことができない状況であった。

 

心電図の担当の先生曰く、心臓の状態が悪いようなので、専門の病院に搬送するので心づもりしてくれとのこと。

 

???心づもりと言われても、全く脳みそが回らない。冷静に考えても、昨晩からの微熱が続き、それと胸の真ん中に少々違和感があるので、まあ念のためと思い来ただけなのに…???

 

それが一時間後にはトイレに歩いていけないほどの病人扱いだ。。。いったいどうなる?どこへいく?そもそも何だ?妻に伝えなきゃ?考えがグルグル回るが???だ。

 

そうこうしているうちにMRI(造影剤使用)とレントゲンの検査が終わり、救急隊員が数名きて、大急ぎで私をストレッチャーに乗せ換えた。

 

『自分で乗れますよ』という私の言葉を『任せてください』という強い言葉ではね返され、退院の真剣な目を見た時に、これは大変な病気になったと、ようやく頭の中が整理されてきた。

 

ただし自分で動くことが許されない病気って何だ?聞こうにも周りは慌ただしく動き、質問できる状況でもない。

 

少ししてストレッチャーで救急車の中へ乗り込んだ。ここで初めて妻と会えた。相当ショックを受けたであろう顔のまま一緒に救急車に乗り込み、搬送先の病院へ走り出した。

 

先ほどの病院の先生も救急車に乗っていた。申し訳ない気持ちでいっぱいである。幸い自宅に近いところの病院に搬送されるようだ。私は会話も出来るくらい普通の状態が続いていた。

 

先ほどの病院に置いたままのクルマのことや、午後には幼稚園からもどる子どものことも頭によぎるが搬送中の私にはどうすることもできない。妻も同じだ。

 

約20分位で搬送先の病院に到着。ここでも私の体調は微熱程度なので、全て聞こえているし、見えているし、理解できる状態だ。

 

院長先生らしき人が私に『大動脈解離なので、午後からオペするよ、大丈夫、このオペは何百回とやってきているから』と割と明るい口調で話す先生だ。明るい口調は救われる。

 

私も笑顔で『手術ですか~、手術しなければどうなりますか~』と聞くと、先生『このままだと死ぬ』『この病気で運ばれて、普通に喋れているのは珍しい』とのこと。

 

ほとんどの人は胸の痛みで苦しくてもがいたり、救急車が到着した段階で亡くなることも少なくないという話しも聞き、この病気の怖さを少しずつ受け入れていけた。

 

ただし私は普通に喋れる状態で今ココにいるので、それはとてもついていると感じていた。

 

妻は近くにはいなかったが、『ごめんね迷惑をかけます』という思いの中、手術を受け入れようと頭の中を整理していた。

 

若い看護師(男性も数名)さんが手術のための剃毛や点滴や準備を始めた。すでに「まな板の鯉」状態で、『よろしくお願い致します』という気持ちで落ち着いてきていた。

 

手術の時間になり、ベッドが運ばれ途中で妻がいた。目が合った。頑張って笑顔で頷いていた。行ってくるねと言えた。涙があふれた。そして手術室へ入った。

 

手術は初めてなので、麻酔はどんな感じなのかと思いながら、目をつむった。瞼には天井にあるライトが映り、これから始まるのかという思いで静かにまった。

 

少しして肩をトントントンとたたかれた。ん、麻酔が始まるのかと目を開けた。やけに眩しい。耳もとで看護師さんが『終わりましたよ、うまくいきましたよ』

 

えっ

 

よく見ると口から管が、体も管だらけになっていた。看護師さん曰くオペは5時間で、血管の置き換え手術はとてもうまくいったとの話。

 

麻酔の威力は凄い。全くわからないだけではなく、いつ麻酔が始まったのかも解らなかった。点滴に睡眠剤が入っていたのかこれほど麻酔が利くとは驚いた。

 

後で聞いた話しだが、胸のセンターを30センチ切り、肋骨をセンターで繋いでいる胸骨という大きな骨を真ん中で切る。

 

それで肋骨を大きく開いて、心臓から出ている大きな血管、いわゆる大動脈を10センチ切り取り化学繊維で出来た人工血管と取り換える手術だ。

 

そもそも私の病気は大動脈という血管内壁が裂ける病気で、これが大きく裂けて破れると死亡するということだ。だから搬送の前に動くリスクを回避していたのかと理解できた。

 

当然、心臓の手術なので、心臓と肺をいったん止めて人工心肺という機械で生かし手術する。それは右足の付け根を10㎝深く切り太い血管とつないでいたようで今でも大きな傷あとだ。

 

5時間もの間に、妻が辛い説明を聞いて署名したり、義母が子どもをバス停まで迎えに行ってくれたり、兄夫婦が遠いところから駆けつけてくれ、みんなに心配かけ申し訳なくおもう。

 

よく見ると体中から点滴などの管があった。ICUの先生からは今回のオペでは胸の骨を切っているので、肋骨を骨折したのと同じなので、痛みについては覚悟するよう話しがあった。

 

たしかに息をするだけでも痛い。痛み止めの点滴をしてもらうことと、ICUなので近くに担当の看護師さんがいて、またこの人たち(男性女性各1名)が親切で明るい。

 

麻酔が覚めてからは、なかなか深い眠りにはつけなかったが、看護師さんたちが都度声をかけてくれたりするので安心の中夜が更けていった。

 

 

 

 

 

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投稿者: n n

私は家族との時間を大切にすると決めたベテランマネジャー。一昨年、大動脈解離を発症し緊急手術で命拾いし考え方を修正。命を使い切ることにした。メルカリ、株取引、Twitter、ブログなどこれまで関わらなかったことにも挑戦。50代からの老活で、定年後もいきいきと(^^)v

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